Institution for a Global Society(IGS)

【実録・HRケーススタディ】エンゲージメントサーベイはなぜ形骸化するのか――「スコアが目的化した組織」が抜け出すまで(2026年7月)

  • #note

  • #人的資本経営

  • #人的資本開示

  • #コンピテンシー評価

  • #評価

  • #セミナーレポート

  • #活用事例

  • #GROW360+

エンゲージメントサーベイが形骸化する根本原因は、スコアそのものを「目的」にしてしまうことにあります。本記事では、それを「環境要因」と捉え直し、予測市場ではなく「経営成果への因果分析」というアプローチで脱出した企業の実例をお届けします。

実際の支援事例をもとにストーリー形式でお届けします。登場する企業名・人物名は仮名とし、数値・規模感も実態を反映しつつ一部調整しています。


第一章:冷め切ったグラフと、形骸化の足音

オフィスのデスクで、人事責任者の波多野は、画面に映し出された最新の「エンゲージメントサーベイ結果」のレポートを眺めながら、割り切れない思いを抱えていた。

「今年度の全社エンゲージメントスコアは、前年比で0.2ポイント上昇しました」

経営会議でそう報告すれば、役員たちは満足そうに頷くかもしれない。

しかし、波多野の耳には、現場から聞こえてくる別の本音が届いていた。

「またあのアンケートの季節か」
「答えたところで、どうせ何も変わらないだろう」——。

数年前、組織のコンディションを可視化し、従業員のエンゲージメントを高めるという目的でサーベイツールを導入した。

当初は新鮮さもあり、組織の現状を知る良いきっかけとして重宝された。

しかし、回を重ねるごとに、それはいつしか「年に一度の年中行事」へと変わっていった。

スコアが下がった部門があれば、人事がその管理職を呼び出して「対話を増やしてください」と抽象的なアドバイスを送り、形ばかりの管理職研修を企画する。

スコアが上がれば、理由もよく分からないまま胸を撫で下ろす。

「私たちは、ただ数字を測定して、上がった下がったと一喜一憂しているだけではないだろうか」

測定すること自体が目的となり、肝心の現場の行動変革や事業成果(アウトカム)にどう繋がっているのかが見えない。

その「形骸化」の足音に、波多野は危機感を募らせていた。

第二章:開示のプレッシャーと、他社事例の迷宮

追い打ちをかけるように、2026年3月期からは有価証券報告書において、経営戦略と人材戦略の連動性を具体的に開示することが強く求められるようになった。
投資家からも、「御社が掲げるエンゲージメント指標は、具体的にどう企業価値向上に結びついているのか」という問いが投げかけられ始めていた。

焦った波多野は、他社の統合報告書や開示事例を読み漁った。洗練されたレポートには、美しい目標値が並んでいた。

しかし、それらを自社に当てはめようとすると、途端に思考がストップしてしまう。

「他社の事例を参考に『エンゲージメントスコアの向上』を開示ストーリーの主軸に置いたところで、我が社の経営陣や現場のメンバーは納得するだろうか。そもそも、スコアが上がれば、本当に我が社の売上は伸び、離職率は下がるのだろうか」

結局、自社にとっての「真のエンゲージメント」が何なのかがわからない。

他社の良好な事例を集めれば集めるほど、波多野は深い迷宮へと迷い込んでいった。

第三章:研究会との出会い、「目的」から「環境要因」への転換

もやもやを抱えたまま日々を過ごしていた波多野は、ある日、IGSが運営事務局を務める「人的資本理論の実証化研究会」の存在を知る。

一橋ビジネススクールの小野浩教授や慶應義塾大学の福原正大特任教授ら、労働経済学や統計学の専門家が集い、人材投資のROIを科学的に検証している場だという。

「ここに、この形骸化を打破するヒントがあるかもしれない」

波多野は藁をも掴む思いで、研究会の門を叩いた。

最初の講義で、有識者が発した言葉は、波多野がそれまで抱いていた常識を根底から覆すものだった。

「多くの企業が、エンゲージメントスコアそれ自体を『ゴール(目的変数)』にしてしまうから、施策が形骸化するのです。エンゲージメントとは、従業員の能力を最大限に引き出すための『環境要因(媒介変数)』に過ぎません。大切なのは、その向こう側にある経営成果――生産性の向上や離職の防止という『アウトカム』に、どの要素がどう繋がっているかという因果関係をデータで明らかにすることです」

研究会で提示された「人的資本ファクターモデルⓇ」は、波多野の視界を一気に開かせた。

単にスコアを測るのではなく、「自社の経営戦略の実現に必要な成果(アウトカム)は何か」を定め、そこに影響を与えている「エンゲージメントの真のファクター」をデータ分析によって特定する。

そして、そのファクターを動かすための人事施策を打ち、効果を検証する。

これこそが、波多野が探し求めていた、経営と現場、そして投資家を繋ぐ一本の確かな因果のストーリーだった。

第四章:コンピテンシーへの分解と、個別支援〜小売業A社の事例〜

研究会では、波多野と同じ悩みを高次元で克服した「小売業A社」の実践事例が共有された。

A社もかつて、エンゲージメントスコアを全社のKPIに掲げ、現場の反発を招いていた。

そこでA社は研究会のフレームワークを活用し、「店舗の売上向上と離職率の低下」を最終アウトカムに設定。
従業員のエンゲージメントに本当に影響を与えている要素をデータで検証した。

分析を重ねた結果、導き出されたのは「上司の適切な関わり方(フィードバック能力)」というファクターだった。

しかし、A社の人事はそこで立ち止まらなかった。

「『フィードバック研修』なら、どこの企業も取り組んでいる。形骸化を破るには、フィードバックに必要な能力をさらに細かく分解し、一人ひとりに応じたアプローチが必要だ」

A社は、フィードバック行動を支える個別の能力(コンピテンシー)を「共感・傾聴力」「ヴィジョン(ヴィジョンを提示する力)」「影響力の行使(周囲を動かす力)」といった要素にまで分解し、客観的に測定・可視化した。

すると、管理職によって力点を置くべきポイントが異なることが見えてきた。

例えば、ある管理職はメンバーの話をじっくり聞く「共感・傾聴力」は高いが、チームを牽引する「ヴィジョン」や「影響力の行使」に課題がある。

また別の管理職は、強いヴィジョンを語ることは得意だが、メンバーの本音を引き出す「共感・傾聴力」が不足している、といった具合だ。

A社は、一律の集団研修を廃止し、この測定結果に基づいた「個別支援」へと舵を切った。

共感・傾聴力が強みの管理職にはヴィジョンを伝えるための具体的なシナリオ作成を支援し、ヴィジョン先行の管理職にはメンバーの言葉に耳を傾けるコーチングの個別伴走を行った。

この取り組みの結果として、一律の研修には消極的だった現場の管理職たちが、「自分の強みと課題がデータで可視化され、具体的な克服方法を個別にサポートしてもらえる」ことで、主体的に取り組むようになった。

各チームのエンゲージメントは向上傾向が見られ、店舗の離職率の低下、売上目標の達成率向上という変化も確認されたという。

「一般的な総論で終わらせず、個別の能力にまで分解して個別最適化する。だからこそ、現場が自分事として動くんだ」

A社の取り組みに、波多野は深く感銘を受けた。

第五章:測定の先にある未来〜意思決定を支える集合知へ〜

研究会での伴走支援を受け、波多野たちのチームも自社の変革へと踏み出した。

自社の経営戦略から逆算し、エンゲージメントがどの経営アウトカムに作用しているのかを可視化していった。

単なる「満足度」の測定を卒業し、組織課題とエンゲージメント、そして事業成果の因果パスを実証データで描き出した開示ドラフトを作成した。

さらに、2026年度の研究会が掲げるテーマ「2030年を見据えた人的資本経営の再設計」は、波多野をさらに前向きな気持ちにさせた。

生成AI時代において、従業員が最大のパフォーマンスを発揮できる「最適なエンゲージメント」のあり方について学びを深めると同時に、組織の集合知を活用した人事施策の予測・検証という、未来志向の試みにも触れることができた。

これまでの「年に一度測定し、過去を振り返るだけのサーベイ」は、研究会での学びを経て、「未来の組織投資を最適化するための、迅速かつ確かな意思決定の基盤」へとアップデートされた。

エピローグ:形骸化を超えて

有価証券報告書の提出を終えた数ヶ月後、波多野は社内のタウンホールミーティングの様子を後ろから眺めていた。

ステージの上では、ある部門のマネジャーが、自組織のデータをもとに語っていた。

「私のチームは、これまで課題だった『ヴィジョン』の個別トレーニングを重ねた結果、メンバーの共感が深まり、エンゲージメントが向上しました。次期は、この強みを活かして新規プロジェクトのスピードをこれだけ上げます」

そこに、人事に言われて嫌々数字を合わせるような形骸化した姿は、なかった。
手元にあるエンゲージメントの数字は、もはや単なる記号ではない。
経営戦略の実現に向けて、組織と人が連動しているかを示す、生きた羅針盤なのだ。

画面に映る右肩上がりのグラフを見つめながら、波多野は確信していた。
自社のもやもやを突破させてくれたのは、あの研究会で得た「理論と実証」という武器だったと。

人事責任者としての波多野の視線は、すでに2030年の、さらにその先にある組織の未来を捉えていた。


エンゲージメントサーベイの形骸化や、人的資本開示への対応にお悩みの方は、ぜひ一度IGSにご相談ください。

「人的資本理論の実証化研究会」(運営事務局:IGS)への参加についても、お気軽にお問い合わせください。

👉人的資本理論の実証化研究会について詳細はこちら
👉IGSが提供する気質・スキル・コンピテンシー測定ツール「GROW360+」についてはこちら

IGSへのお問い合わせは、こちらからお気軽にどうぞ!

2026/10/8

【実録・HRケーススタディ】有価証券報告書に「人材戦略の成果」をどう書くか?――経営戦略と人材充足率・業績を3年で接続した実例(2026年7月)

実際の支援事例をもとにストーリー形式でお届けします。登場する企業名・人物名は仮名とし、数値・規模感も実態を反映しつつ一部調整しています。本シリーズ「実録・HRケーススタディ」では、IGSの営業担当が日々向き合っている実際の企業相談をもとに、人事と経営のあいだで何が起きているのか、どこで判断や施策が止...

2026/10/8

【実録・HRケーススタディ】営業組織に「成長モデル」がいない|ハイパフォーマー不在でも人材育成の指針を作る2つの比較軸(2026年7月)

本シリーズ「実録・HRケーススタディ」では、IGSの営業担当が日々向き合っている実際の企業相談をもとに、人事と経営のあいだで何が起きているのか、どこで判断や施策が止まりやすいのか、それをどう整理し、前に進めているのかをお伝えしています。今回は、「ハイパフォーマーが社内に見当たらない」という状況下での...

2026/10/8

【実録・HRケーススタディ】エンゲージメントサーベイはなぜ形骸化するのか――「スコアが目的化した組織」が抜け出すまで(2026年7月)

エンゲージメントサーベイが形骸化する根本原因は、スコアそのものを「目的」にしてしまうことにあります。本記事では、それを「環境要因」と捉え直し、予測市場ではなく「経営成果への因果分析」というアプローチで脱出した企業の実例をお届けします。実際の支援事例をもとにストーリー形式でお届けします。登場する企業名...

2026/10/8

【実録・HRケーススタディ】数字が語る「人の可能性」〜ある老舗化学メーカー人事部長の変革と再生ストーリー〜(2026年6月)

本シリーズ「実録・HRケーススタディ」では、IGSの営業担当が日々向き合っている実際の企業相談をもとに、人事と経営のあいだで何が起きているのか、どこで判断や施策が止まりやすいのか、それをどう整理し、前に進めているのかをお伝えしています。今回は、人的資本開示への対応を迫られた老舗メーカーの人事部長が、...

2026/10/8

【実録・HRケーススタディ】満点だらけの360度評価は「危険信号」──評価者150名の行動分析でわかった3つの問題(2026年6月)

360度評価で複数の評価者が軒並み満点に近いスコアをつけていたら、それは「高評価」ではなく「判別できていない」サインかもしれません。管理職約150名の評価者行動を分析したところ、満点率の異常な高さ・評価者間の一致度の低さ・回答の粗さという3つの問題が明らかになりました。実際の支援事例をもとにお届けし...

シェアする

導入事例一覧に戻る

Contact

資料請求・お問い合わせ

資料請求
お問い合わせ

ご質問・ご相談などは、以下の「お問い合わせ」ボタンよりお寄せください。

担当者より、遅くとも3営業日以内にご連絡いたします。

また、ダウンロードいただける資料もご用意しております。「お役立ち資料」ボタンよりご参考ください。