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【実録・HRケーススタディ】数字が語る「人の可能性」〜ある老舗化学メーカー人事部長の変革と再生ストーリー〜(2026年6月)

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本シリーズ「実録・HRケーススタディ」では、IGSの営業担当が日々向き合っている実際の企業相談をもとに、人事と経営のあいだで何が起きているのか、どこで判断や施策が止まりやすいのか、それをどう整理し、前に進めているのかをお伝えしています。

今回は、人的資本開示への対応を迫られた老舗メーカーの人事部長が、データによって「経営戦略と人材戦略の連動」を実現するまでのプロセスを、実際の支援事例をもとにストーリー形式でお届けします。登場する企業名・人物名は仮名とし、数値・規模感も実態を反映しつつ一部調整しています。


東京・八重洲。窓の外には夕暮れに染まるオフィス街が広がっている。

時価総額およそ500億円、創業70年の歴史を持つ老舗高機能化学・新素材メーカー「大和化学工業」の人事部長、沢渡 健二は、重い溜め息とともに、椅子の背もたれに深く身を預けていた。

「経営戦略と人材戦略の連動、か……」

2026年3月期の有価証券報告書の開示方針を策定するにあたり、経営陣から突きつけられた言葉だった。

大和化学工業はこれまで、典型的な伝統的日本企業として、終身雇用・年功序列、そして「背中を見て育てる」一律のOJTを美徳としてきた。

しかし、時代は変わった。

安価な海外製素材との価格競争が激化する中、同社の中期経営計画には「汎用素材の一括販売から、自動車・半導体メーカー等の顧客の潜在課題を解決する『開発提案型ソリューション営業』へのビジネスモデル転換」が掲げられていた。

数日前、社長の坂上から役員会議室で問い詰められた時の記憶が、沢渡の脳裏に蘇る。

「沢渡、この中期経営計画に書いてある『高付加価値提案ができるソリューション組織』とやらは、一体いつになったら実現するんだ? 我が社に何人のどういう人材が必要で、そのためにどれだけの教育投資が必要なのか。それはいつ、どんな形で営業利益に跳ね返ってくるんだ? 投資家への開示に載せる数字、準備できているんだろうな」

沢渡は言葉に詰まり、これまでも繰り返してきた回答を絞り出した。

「現在、全営業社員を対象とした『ソリューション営業研修』の時間を従来の年間10時間から15時間に増やし、自己啓発としての簿記や語学の通信教育も奨励しております。また、年に一度のエンゲージメントスコアも毎年微増しており、この取り組みを継続すれば、必ずや……」

「沢渡、私は精神論や計画段階のメニューを聞きたいんじゃない。研修を増やした結果、高付加価値素材の受注件数が何%上がるのか、という『数字』を聞いているんだよ。これでは、毎年何千万円も捨てているようなものじゃないか。投資家を納得させられる、データに基づく根拠を見せてくれ」

社長の言葉は重く、そして正しかった。

自社の人材投資は、本当に経営成果と繋がっているのか。
どの社員の、何の能力に投資すれば、会社の価値は上がるのか。

伝統を重んじる大和化学工業において、その明確な答えを持っている者は、誰一人としていなかった。

「実証」という言葉との出会い

「部長、これを見ていただけませんか」

ため息をつく沢渡に声をかけたのは、人事部企画課の望月 麗奈だった。
中途採用で入社した望月が差し出したタブレットには、ひとつのWebサイトが表示されていた。

『人的資本理論の実証化研究会』

「IGSが運営事務局を務める、『人的資本理論の実証化研究会』というところがあります。一橋ビジネススクールの小野浩教授や慶應義塾大学の福原正大特任教授たちが座長を務めていて、ただの事例発表の場ではなく、企業の実際の人材データを使って、人的資本投資が企業価値や営業成果に与える影響を統計的な分析モデルで検証しているそうです」

望月の目は真剣だった。

「他社の有報の綺麗な図をどれだけ真似しても、大和化学工業の答えは載っていません。でも、ここなら『なぜ我が社にその人的資本投資が必要なのか』を、データで実証できるかもしれません」

沢渡の心が、わずかに動いた。

「実証、か……。我々人事が一番苦手としてきた領域だな」

こうして、大和化学工業の「事業計画から逆算する人員計画」への挑戦が、研究会の伴走支援とともに始まった。

データが示した「エース営業の正体」

まず取り組んだのは、最も売上と利益率を左右する「最重要職種:高機能マテリアル営業職」における理想の人材定義だった。

それまで、大和化学工業の人事評価シートに書かれていた優秀な営業の定義は

「製品知識が豊富」
「マメに顧客に通う」
「顧客と良好な人間関係を築ける」

といった定性的な文言ばかりだった。

つまり、従順さや、関係構築を重視する従来型の営業スタイルだ。

研究会が提案したのは、IGSが提供する『GROW360+(グロー・サンロクマル・プラス))』という、他者評価と測定バイアス補正技術を掛け合わせた能力測定ツールだった。

「バイアス補正ですか?」と沢渡は尋ねた。

「ええ」と研究会のコンサルタントは頷いた。

「特に伝統的な日本企業では、上司と部下の人間関係や『従順で扱いやすいか』といった主観的なバイアスが評価に混入しやすいのです。このツールは、そのブレを統計的に補正し、その人が持つ真のコンピテンシー(行動特性)を高い精度で定量化します」

開発提案型営業のエース級であるハイパフォーマーたちと平均的な営業社員、計150名の能力データを測定した。

数週間後、研究会から上がってきた分析結果を見て、沢渡と望月は言葉を失った。

エース営業と一般社員を分ける決定的な「差」が、グラフとしてくっきりと示されていたのだ。

「私たちはこれまで、エースに必要なのは『卓越した製品の化学知識』や『巧みな交渉・プレゼン力』だと思っていました。だからこそ、製品マニュアルの暗記やプレゼン研修を強化していた。でも、データが示している最大の能力ギャップは、意外にも『課題設定力』と『共感・傾聴力』、そして『影響力の行使』だったんです」

高付加価値素材の提案営業とは、顧客(自動車メーカーの開発部門等)自身すら気づいていない「次世代の環境規制への対応」や「軽量化のボトルネック」という深い技術課題を引き出し、その本質に寄り添いながら共同開発を提案するプロセスに他ならない。

エースたちは、単に自社の新製品カタログを説明しているのではなく、相手の開発担当者の複雑な葛藤を「共感・傾聴」によって解きほぐし、真のボトルネックを言語化する「課題設定」を行っていた。

さらに、浮き彫りになった顧客課題を自社の技術で解決するために、社内の研究開発部門や製造現場を強固に巻き込んでいく「影響力の行使」を行っていたのだ。

「1レベル上がると売上が10%向上する」

「理想の要件が、これで客観的に定義されました」と望月が言った。

「As-Is(現状)とTo-Be(理想)のギャップが数値化されたわけです。ということは、これから私たちがやるべき育成施策は、全社一律の推奨資格の支援や製品勉強会ではなく、『課題設定力』や『影響力の行使』を高めるプログラムに絞られます」

「しかし、望月」沢渡はまだ慎重だった。

「これだけでは社長を説得できない。『この能力を高めたら、売上がいくら増えるのか』という費用対効果を求められているんだ」

ここで、研究会のサポートによる統計解析モデルを用いた検証が始まった。

過去3年間の営業成績データと、測定された各社員のスキルレベルを分析モデルに投入し、能力向上と売上の関連性を検証したのだ。

結果は具体的な数字として現れた。

「開発提案型ソリューション営業職のスキルレベル(1〜8段階)が1段階上がると、1人あたりの新規開発案件受注額が平均して約10%向上する傾向が見られた」という関連性が算出されたのだ。

「1レベル上がると、売上が約10%向上する傾向がある……」

沢渡はその数値を何度も見返した。

「これだ。これなら、1億円の研修費を投じて、営業全体の『影響力の行使』や『課題設定力』をレベル3からレベル4に引き上げれば、会社全体で何億円の売上向上が見込めるのか、すべて説明がつく。経営戦略と人材戦略が、初めて一本の太い線で繋がったんだ」

2030年を見据えて――AIと人間の協業という次の問い

研究会での学びは、それだけでは終わらなかった。
月例の勉強会では、2030年の人的資本経営のあり方についての議論が交わされていた。

「これからは、職種という大きな括りで人を一律に管理する時代は終わります。AIと人間の協業が前提となるからです」

ある日の講義で、座長の福原特任教授はそう語った。

「仕事を具体的な『タスクの束』に分解し、AIが補完できるタスクと、人が真の付加価値を発揮すべきコアな役割を分ける。これに基づいた、業務分解によるスキルマップ構築が今まさに求められています」

大和化学工業でも、営業事務や見積書作成、定型的な技術報告書のドラフト作成に、営業社員が多くの時間を取られていた。

「まずは今回の測定で営業職のデータが整いましたが、次の展開として、営業が抱える業務をタスク単位に分解し、どこをAIにサポートさせ、どこに人を集中させるかという業務分解にも着手していきたいと考えています。人間が集中すべきコア業務にこそ、今回実証した『課題設定』や『共感・傾聴』『影響力の行使』という行動特性が必要になります」

望月はこれからの構想を語り、目の前のパズルが噛み合っていくような感覚を覚えた。

経営を動かす人事へ

2027年春。大和化学工業の役員会議室で、沢渡はディスプレイの前に立っていた。

経営陣、そして社長の坂上の厳しい視線が彼に集まる。
有価証券報告書に掲載する「経営戦略と人材戦略の連動」に関するプレゼンテーションの場だった。

沢渡は、かつてのような「研修時間の増加」や「抽象的なスキルマップ」は一切出さなかった。代わりに投影したのは、検証されたデータと、構造化された関連性のモデルだった。

「我が社の中期経営計画である『開発提案型ソリューション営業への変革』。この戦略を達成するために必要なのは、従来型の関係構築営業や製品説明中心のアプローチではなく、エースのデータから明らかになった『課題設定力』と、社内を巻き込む『影響力の行使』の強化です。現在、我が社の営業の平均スキルレベルは『レベル3』ですが、今回の分析により、これを『レベル4』へ向上させることで1人あたりの受注効率が平均約10%向上するという、売上業績との関連性が示されました。さらに今後の構想として、定型的な事務タスクをAIに任せる業務分解・効率化にも着手し、創出された時間を『影響力の行使』などのコアスキル開発に充当していく計画です」

静まり返った役員室で、社長の坂上は腕を組み、スライドの数字を凝視していた。
やがて、その顔に深い笑みが浮かんだ。

「おもしろいじゃないか、沢渡。これなら、投資家に対しても『我が社の人材投資がどれだけの価値を生むか』を、自信を持って説明できる。予算は承認する。すぐに進めてくれ」

会議室を出た沢渡と望月は、どちらからともなく小さくガッツポーズをした。

「やりましたね、部長。私たちの人的資本開示は、もうお飾りじゃありません」
「ああ。他社を真似して、ただ書類を作るだけの人事は終わりだ」

沢渡は窓の外のビル群を見つめ、確信に満ちた声で呟いた。

「私たちは今、データという翼を得て、人と企業の本当の価値を証明し、経営を動かす人事になったんだ」

彼らの視線の先には、研究会で共に学ぶ多くの仲間たちと、日本企業のポテンシャルを解き放つ未来が、はっきりと見えていた。

「何をしたか」より「何が変わったか」を語れる人事へ

人事が経営の信頼を得るためには、「施策の実施」から「成果との関連性の提示」へと、アウトプットの形を変える必要があります。

大和化学工業が行ったのは、能力データと業績データを統計的に接続するという、シンプルかつ本質的なアプローチでした。

「何をしたか」ではなく「何が変わったか」を語れる人事部門が、経営の意思決定パートナーになれます。


大和化学工業のような「経営戦略と人材戦略の連動」に課題を感じている方は、ぜひ「GROW360+」のページからご覧ください。

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