Institution for a Global Society(IGS)

【実録・HRケーススタディ】予測市場でエンゲージメント投資のROIを可視化する──「全社研修継続12%」vs「自由選択制85%」、集合知が示した打ち手(2026年4月)

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「スコアを3ポイント上げるのに、来期の利益をいくら押し上げるのか」

――経営から詰め寄られても、エンゲージメント施策の効果を証明できない人事は少なくありません。

予測市場という手法で社員に「この施策は半年後のスコアを上げると思うか」を予測させたところ、全社一律のキャリア研修継続への支持率はわずか12%、自由選択制への切り替えは85%という、明確な差が可視化されました。

本シリーズ「実録・HRケーススタディ」では、IGSの営業担当が日々向き合っている実際の企業相談をもとに、

・人事と経営のあいだで何が起きているのか
・どこで判断や施策が止まりやすいのか
・それをどう整理し、前に進めているのか

を、できるだけ具体的にお伝えしています。

本記事は、現在進行中の取り組みをベースにした「近未来(2026年)を想定したシナリオ」です。登場する企業名・人物名は仮名とし、数値・規模感も実態を反映しつつ一部調整しています。

「昨年比プラス2ポイント。だが、これが何なんだ……?」

東証プライム上場の精密機械メーカーで人事部長を務める高木は、2026年度の予算策定会議を前に、ノートPCのキーボードを叩く手が止まっていた。

モニターには、毎年恒例のエンゲージメント調査結果が並んでいる。

「昨年比プラス2ポイント。だが、これが何なんだ……?」

会社は人的資本経営を掲げ、エンゲージメントスコアを役員報酬に連動させる議論まで始まっている。

しかし、高木の悩みは深かった。

経営陣からは

「スコアをあと3ポイント上げるのにいくら掛かるんだ?」
「その3ポイントは、来期の純利益をいくら押し上げるのか?」

と詰め寄られる。

1on1の全社導入や、高額なカフェテリアプランの拡充など、矢継ぎ早に打ち手を講じてきたが、その一つひとつがどれほど効いているのか、確固たるエビデンスがない。

測定は年に一度。結果が出る頃には、現場の状況は変わっている。

高木にとってのエンゲージメントは、コントロール不能な「お天気」のようなものになっていた。

「このままでは、人事の仕事はただの『数字合わせ』になってしまう」

研究会が示した、全く新しい発想

危機感を抱いた高木は、以前から耳にしていた「人的資本理論の実証化研究会」への参加を決めた。

IGSが運営事務局を務めるこの研究会で提示されたのは、予測市場というテクノロジーを「エンゲージメントのリアルタイム・センサー」として活用するという、全く新しい発想だった。

「予測市場は、未来を当てるゲームではありません。現場の社員が、今この瞬間の施策をどう評価し、それが未来の組織をどう変えると『確信』しているか。その確信の度合いを、リアルタイムに数値化する装置なのです」

研究会の専門家の言葉に、高木は目から鱗が落ちる思いだった。

「アンケートは礼儀。予測市場は、社員の肌感覚の集計です」

早速、自社でもPoC(概念実証)を開始した。

ターゲットにしたのは、長年続けてきたが効果に疑問符がついていた「全社一律のキャリア研修」だ。

予測市場で社員に問いかけた。

「この研修を継続した場合と、自由選択制のスキルアップ支援に切り替えた場合、半年後のエンゲージメント向上に寄与するのはどちらか?」

結果は明確だった。全社研修の継続による向上確率はわずか12%。

対して、選択制支援は85%の確率でスコアを押し上げると予測された。

「アンケートでは皆『満足している』と答えていたのに……」

驚く高木に、専門家は言った。

「アンケートは礼儀です。予測市場は、社員の『肌感覚』の集計です。彼らは、どの施策が自分たちを本当に強くするかを、誰よりも知っているのです」

高木はこの手法を使い、自社にとっての「最適なエンゲージメントレベル」も算出した。

無制限にスコアを追うのではなく、特定のポイントを超えると投資対効果が鈍化することを、集合知によって示したのだ。

データが、経営会議を変えた

そして迎えた、経営会議。

「来期のエンゲージメント投資について説明します」

高木のプレゼンは、例年とは一線を画していた。

「今回、私たちは予測市場というセンサーを用い、全社員の知見を統合しました。提示する施策Aが、半年後のエンゲージメントを4ポイント、そして1年後の離職率を0.8%低下させる確率は80%です。また、私たちが目指すべきスコアの最適値は、コストと生産性のバランスから見てここです。これ以上の投資は過剰となります」

会場が静まり返った。CFOが身を乗り出し、資料を凝視する。

「面白い。今までの『精神論』ではないな。現場の予測に基づいた成功確率か……これなら投資の判断ができる」

社長も満足げに頷いた。

「高木さん、これが私たちの知りたかった『人的資本の現在地』だ」

霧が晴れた先にあるもの

会議室を出た高木の足取りは軽かった。

かつては掴みどころのなかったエンゲージメントという概念が、今では明確な手応えを伴って自分の手の中にある。

研究会で出会った、他社の熱意ある人事部長たちの顔が浮かぶ。
彼らと共に、データを磨き、理論を実証してきた日々が、この確信を支えていた。

高木は確信していた。人的資本経営の本質は、スコアを競うことではない。
社員一人ひとりの知性を信じ、それを経営の羅針盤に変えること。

霧が晴れたような心地よさを感じながら、高木は次なる「予測」の設計に取りかかった。

【参考】予測市場(Prediction Market)とは

未来の出来事について参加者が予測を出し合い、その結果を集約して「集団知(Wisdom of Crowds)」として活用する仕組みです。

一般的なアンケートが「あなたはどう思いますか?」という主観を問うのに対し、予測市場は「客観的に見て、どうなると思いますか?」という予測を問います。

人的資本経営においては、以下の3点が特徴的です。

  • 匿名性と正直な回答: 予測の的中を目指す仕組み(インセンティブ設計)により、忖度のない「現場の真実」が浮き彫りになります。

  • 情報の統合: 社員一人ひとりが持つ断片的な情報(現場の不満、施策の浸透度、リーダーへの信頼など)が統合され、高い精度で未来の傾向を示します。

  • 条件付き予測: 「もし施策Aを行ったら?」という仮定条件での予測が可能。施策実施前にその成功確率をシミュレーションできる点が、人事の意思決定において有効です。


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