オンラインセミナー「人事DX元年2020」(主催:Institution for a Global Society株式会社)の第2弾、「DX時代の人事の役割~個を活かし、組織を強化するために」が、2020年9月17日に行われました。
セミナーには、株式会社LIXILグループ前執行役副社長で、現在は人事戦略や経営コンサルタントなどの事業を行う株式会社people first代表取締役の八木洋介氏が基調講演を行いました。続いて、Institution for a Global Society株式会社(IGS)創業CEOの福原正大が「DX推進に人事が貢献する方法」を話しました。
●日本企業には「やる気がない」社員が70%以上も存在
人事経営コンサルタントで株式会社people first代表取締役の八木洋介氏からは、日本企業が直面している課題とHRテクノロジーの活用について、お話しいただきました。
アメリカの調査会社ギャラップが2017年に世界各国で行った調査によると、日本企業には「やる気がない」社員と「不満を撒き散らす」社員が合計で94%も存在することが明らかにされています。その他の様々な調査資料を見ると、現在の日本は「生産性が低い」「人を活用しない」こともわかり、成長がストップしている様子が見て取れます。個人としてがんばっている方もいらっしゃいますが、日本の現実を表すデータとしてはこれが現実なのです。残念なことに、この原因は構造的なものです。
日本は、戦後の荒廃から、欧米に追いつけ・追い越せでやってきました。効率的に大量生産するには、他をまねて高品質な製品を作る経営戦略や、終身雇用や年功序列などの人事制度が必要でした。そのため、指示されたことは聞くが、チャレンジしない人材が大量に生まれたのです。このような状況では、成長がストップするのも仕方がありません。


(セミナー当日資料:八木洋介氏 作成)
●「思い込み」人事を変えてデータを使う
日本の成長がストップした理由として、経営者や人事部の「思い込み」もあります。その「思い込み」とは、
・日本的人事…年功序列、議論より規律・統制が正しい。
・がんばる…とにかく一生懸命に取り組む、滅私奉公すれば勝てる。
・経験がすべて…実体験したことが正しい。
・正解がある…過去の経験から探れば正解が見つかる。
・みんないい人…自己抑制することが正しい。
・みんな一緒が正しい…全員一致が正しい。
などがあります。
現在は、がんばっただけでは勝てません。差別化することで他と違いが出て勝てるのです。戦後は、こうすれば成功するという正解がありました。しかし今は、社会の変化が激しく技術向上のスピードもすさまじい。次々と新しいことが生まれてくるため、何が正解なのかわからない時代です。黙っていても相手に伝わることはなく、自分達の考えや技術を伝えなければ相手には理解してもらえません。みんな一緒に行動するとスピードが遅くなり、他に越されてしまいます。
「思い込み」に挙げたような70年代の制度や古い理念、過去の栄光で得た経営手法では、現在の世界に勝つことができないのです。勝つためには、人事にデータを取り入れて、思い込みを排除していくことです。
●HRテクノロジーのメリットと活用法
人事がデータを使うことで、効率的・効果的な人材採用や発掘、育成、評価、活用ができます。また、業務を効率化し生産性を上げることもできます。社員のやる気や帰属意識を向上させることにも役立ちます。
ここで気をつけていただきたいのが、すでにあるデータを活用すればよいのだろうと早とちりしてしまうことです。データがあるから分析しようというのは、本来あるべき流れとは真逆の考え方です。これではデータの海に溺れて、課題を見つけたり施策を生み出したりすることが難しいでしょう。データを有効に活用するには、課題と目的を明確にする「検討プロセス」が重要です。

(セミナー当日資料:八木洋介氏 作成)
人事で活用できるデータはたくさんあります。
活用場面で見てみると、
・タレントギャップ
・マネジメント力向上
・成功する採用
・効果的育成
などです。
データの種類で見てみると、
・キャリア情報
・スキル情報
・研修情報
・給与情報
・採用情報
など、様々です。

(セミナー当日資料:八木洋介氏 作成)
これらの人事データを、経営に関するビジネスデータと結びつけます。そうすることで、会社全体のパフォーマンスをどう上げられるかの、課題やヒントを見つけることができます。
●AI時代での人の価値とは
AIは分析や予測が得意ですが、目的は設定できません。自分の会社が何を目指すのか、ビジョンやミッションは何にするのかを、定義するのは人です。これからはAIやデータ活用が必須となりますので、データ活用を包含したビジョンを再定義します。
AIではできなくて、人ができることは多くあります。それは、目的やビジョンを設定すること、新奇性やオリジナリティある価値を創造すること、自分らしさで会社や顧客に貢献することです。代わりがいない存在になることです。

(セミナー当日資料:八木洋介氏 作成)
●コロナでわかった個の価値・会社の価値
コロナウイルスの影響により社員がリモートワークをしたことで、様々なマネジメントや経営の課題が見えてきました。
個としては、自分の価値や存在意義、成果とは何かを考えた方もいるでしょう。
会社や組織としては、日本従来の雇用や経営のスタイルであるメンバーシップ型が、うまく運用できなくなっていることに気づいたでしょう。マネジメント力とは何かを、考え直した人も多いと思います。肩書きや立場ではなく、実力が見られるようになりました。上司が管理するのではなく担当者に信頼して任せる、仕事の価値は時間ではなく成果として見る、などもあります。
個が本物を求めるようになると、組織も本物を目指さないと優秀な人材を引っ張っていくことができません。社員が何を考え、どこに優秀な人材がいるのかを見極める時に、AIやHRテクノロジーが生きてくるのです。
デジタル化に乗り遅れると世界の競争から淘汰されます。すでに日本は、遅れています。だから早く取り組む必要があります。AIやデータは使うことに価値があります。仮説でもいいので、早く活用しましょう。

(セミナー当日資料:八木洋介氏 作成)
●日本企業でも全社員にDX研修を実施
続いて、IGSの福原は、DX研修の対象者が全社員に広がっている動きを紹介しつつ、データを活用したDX人材の発掘や育成について話しました。
コロナ禍により、世界全体でデジタルトランスフォーメーション(DX)が急速に進んでいます。日本企業でもDXが進んでいますが、これまでは一部の部署だけで行うことが多かったです。しかし、日立製作所はグループ全16万人を対象に、デジタル研修を行うと今年9月に発表。日本企業でも、デジタル人材の育成に関して全社員を対象にした動きが生まれてきました。
一部の部署や社員ではなく、全社員を対象にする必要があるのか?と思う方もいらっしゃるでしょう。これまでの企業のDXは、トップが決めたDX戦略に沿って実施してきたり、デジタル企画室など専門の部署が主導して取り組んだりすることが多かったですが、ほとんどがうまくいっていません。DXは全社員に関わることなので、一部の人だけがやったのではうまくいかないのです。全員でやらないとDX戦略は成功しないのです。
全員でDXに取り組むには、一人ひとりのマインドセットを変えることが大事です。まずは、自社がどんな状態なのかをデータで知ることです。そして、企業人事としては人の経験や勘に頼るのではなく、データ活用した人事を行います。活用場面としては、社員の能力を把握、採用や育成などがあります。

(セミナー当日資料:福原正大 作成)
●DXに必要な両利きの経営
DXに必要なのは両利きの経営です。“両利き”とは、深く分析し改善を得意とする深化型と、試行錯誤を繰り返しながらイノベーションを起こしていく探索型の両方をバランスよく行うことです。従来の日本企業は深化型が多いでしょう。
両利きの経営を行うには、人材教育を変える必要があります。これまで定型的に行っていた年次研修ではなく、社員の得意・不得意を経験や勘ではなくデータで可視化し、データを使ってその人の適性に合った研修内容を作成するなどです。人材育成が効率的で効果的になるのです。
●自社のDXを担う人材発掘の方法
数多くいる社員の中から、DXを担える人材を見つけるのは困難です。システムやパソコンが好きなだけでは、DX戦略を実行し成功に導いていくことはできません。人が判断するとその人の思い込みが加わり、適切に判断できない可能性があります。適性な人材を見つけるには、やはりデータ活用がいいでしょう。
IGSでは、自社のDXに対する社員の印象や興味関心、DXに適した人材を育成するツールを開発しています。データによって可視化することで、人材育成の場合は、社員がどんなコンピテンシーを持っているか、どんな気質かを知ることができます。見た目の印象や振る舞いからはわからなかった、コンピテンシーが見えてくることもあり、その結果を用いてよりコンピテンシーを伸ばして業務の成果へとつなげていくことができます。
全社員のデータが人事に集まることで、人事戦略の施策としての採用や配置、評価、育成に関しても検討することができるのです。

(セミナー当日資料:福原正大 作成)
AIやデータによりできることが増えましたが、当然できないこともあります。人にしかできないことは、人事戦略の立案や社員とのコミュニケーションなどです。AIやデータの力を借りて人にしかできないことに注力すれば、非常に大きな力となり企業の成長へと導くことができるでしょう。
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■プロフィール
八木洋介氏
株式会社people first 代表取締役
株式会社 ICMG 取締役
京都大学経済学部卒業。1980年日本鋼管(現JFEスチール)入社。92年マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院で修士号(MS)を取得。
99年よりGEにおいて日本およびアジアの人事責任者を歴任。2012年4月よりLIXILグループ執行役副社長(人事・総務担当)。同社のグローバル化など経営改革を実践。全世代を対象としたリーダーシップ研修の立ち上げ、女性の活躍など、人事改革を多角的に推進した。
17年1月people firstを設立し、代表取締役に就任。株式会社ICMG取締役。
著書に「戦略人事のビジョン 制度で縛るな、ストーリーを語れ」(光文社新書・共著) 等。
福原正大
Institution for a Global Society株式会社 創業者CEO
慶應義塾大学経済学部特任教授
東京理科大学客員教授
経済産業省クリエイティブ人材育成特別委員
東京都教育庁新国際高校創設委員
慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。企業留学生として、INSEAD(欧州経営大学院)にてMBA、グランゼコールHEC(パリ)にてMS(成績優秀者)、筑波大学博士(経営学)を取得。その後、世界最大の資産運用会社 Barclays Global Investors に入社し、Managing Director、日本における取締役を歴任。
主な著書に『ハーバード、オックスフォード…世界のトップスクールが実践する考える力の磨き方』(大和書房)、『AI×ビッグデータが「人事」を変える』(朝日新聞出版社)、『なぜ、日本では本物のエリートが育たないのか?』(ダイヤモンド社)など。